今日のウツの具合:調子がいい日を8点とすると、4点
出来事:母の看護師さんに指示された医療用の着圧ソックスを薬局で購入 母のお見舞い
8時に起きた。 資源ごみの日だ。 10時くらいになって、秋から、ひきっぱなしの居間のホットカーペットをはがした。 こたつは布団ではなく、毛布のような素材のものが2枚かけてあるので、取り扱いが簡単だ。 部屋の隅の小さいカーペットを含め3枚洗った。 午後、曇りだしたが、お見舞いから帰るまで干し続けることにする。 翌日も午前中、もう一度干す。 この作業は、お金を出しても誰かやってくれる人がいないかと思ったが、しんどい、よりも、やらなけらばの気持ちが勝っていた。
ヘトヘトになって、ゆうべの残り物で昼ご飯を食べ、昨日買った北海道菓子を開けた。 大きなスイートポテトだった。 イモ類を最近食べていない。 ちょうどよかった。
お見舞いに行く支度で顔を洗っている時、スマホの着信音が聞こえてきた。 母の病院からだ。 すぐに折り返す。 なぜか病院の人が、どんなに大きな声をだしても、こちらの声が聞こえない。 そうしていると固定電話が鳴った。 なんとか病院の人に、固定電話に出ますと伝えた突端、固定電話が切れた。 今、おもえば、スマホを何も言わずに切って固定電話に、すぐ出れば良かった。
母に何かあったのだろうか。 なんてことはない、看護士は、薬局で着圧式のハイソックスを買ってこいと言った。 母の具合が悪くなったのではないことが分かってホッとしたけれど、泣けて仕方なかった。 主治医がこの病院に転移されて、まだよく分かっていなかったのかも知れないが、母の手術は初めてではないことは知っている。 周知されていないのかも知れないけれど、電話で知らせるのではなく、数日前から本人に伝えるとか、書面で事前に教えてくれていてもいいことではないか。 電話が鳴るということは、非常事態だと思ってしまう。 ウツ病だからか。 母の電話で母が伝えても良かったのではないか。
しばらく、そのことがショックだったが、着圧ソックスを手に入れて、お見舞いに行くことにシフトすることができた。
母の傷口に貼られていたテープが、はがされていて、ぬった糸は、とけてしまうとのことだった。 看護師さんに、このソックスでいいかを確認して、良かったので、洗濯替えに、もう1つ購入する。
帰りに、兄から電話がかかってきた。 移動中だったので、家に帰ってからにしようと思ったが、何も出来ない状態だったので、何もできないなりに晩御飯を食べ、少し改善したのでLINEをした。 体調をきかれ、大丈夫だとかえしたら、電話がかかってきた。 母の手術で、色々やりとりをしていると、兄は、兄の家の近くに母と私を呼び寄せたいと言うようになった。 そもそも、父が亡くなってからも、度々、近くに引っ越しておいでと言ってくれている。 義姉も、母の老後と私の病気の事を心配してくれている。 兄が住んでいるのは、私も2回住んだことがある、大好きな街だ。
私は、今いる町で、ひっそりと生活保護を受けると決めている。 母には障害年金でなんとかなるといっている。 額改正と基礎年金も給付が決まれば、本当に障害年金で生きれるかもしれない。
兄の勧めを受けるには、母の意見が一番大切だ。 兄の申し出は、気持ちだけでも、とてもありがたい。 でも頼るわけにはいかない。 30年間、うつ病でありながら、コンサート、ライブなど行きたい放題だった。 ウツ症状があっても、元気だった頃がある。 将来のことも考えず。 転職を繰り返すうちに、蓄えを使い果たしている。 ただの、なまけものだ。 身内に助けを求めず、国になんとかしてもらおうというのも筋違いだと思うが、確かに無計画だった私に反省する点はあるものの、私なりに人生のほとんどを最低賃金で暮らしてきた。 うつ病で、とてもしんどくても働いてきた。 もう生活保護を頼ってもいいとおもう。
今日の昼、看護士さんから電話が来る前に、AIに助けを求めたのは
うつ病 逃げ出したくなる いなくなりたくなる とどまるには
兄たちに迷惑をかけないようにするには、やはり、どこかに行った方がいいのではないだろうか
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